「気」ってなんですか?

執筆者 | 2021/10/27 | 患者向け,

こんにちは二天堂鍼灸院の中野です。今日は誤解されやすい「気」について解説します。鍼灸は「気」にはたらきかける治療です。しかし日本でこう言うとエネルギー療法的な摩訶不思議な方向に解釈が流れがちです。ここで言う「気」とは「生体機能」の事です。つまり「生体機能」の不具合を調整するくらいの意味が妥当だと思います。

鍼灸は気の調整をはかる医術

「気」とはなんでしょう?

鍼灸は「」を対象に治療する医術です。
しかし、そもそもその「気」とはなんでしょうか?そこの認識をしっかり確認しておかなければ、最初からずれたものになってしまいます。

生命体として生きて活動している生命現象の事を「気」と現したと、私は解釈しています。
例えば、「消化」「呼吸」「血流」「排泄」「発汗」「熱」など、ありとあらゆる生命の営みによって生じる現象です。

だから「気」とは対象となる生命現象によって、含みが変わる抽象的な概念だと思います。
「気」を別の言葉に置き換えるとしたら「機能」や「現象」が妥当なところではないでしょうか。

東洋医には、陽気、陰気、宗気、衛気、営気、穀気、邪気、正気、五臓の気と思いつくところを列記しましたが、気にもいろいろあります。
これらの気は、指し示す対象によって、それぞれ違う意味があり、決して一括りにできるものではありません。

気の本来の意味

「気」
①人体を構成し、人体が生命を維持するための基本的物質の一つ。すなわち体内で流動する精微な栄養物質のことで、水穀の気・呼吸の気などを指す。
②臓腑の生理機能のこと。呼吸を主り、血の運行をコントロールし、津液を化生して運行させ、肌肉皮膚を温養するなどの機能を指して「気」と呼ぶ。気は生成過程や機能の違いによって、原気・営気・衛気・宗気の4種類に分けられる。また部位に応じて、五臓の気・六腑の気・経脈の気などがある。臨床では、臓腑の機能失調によって起こる病状に関連して「気」という言葉を用いることが多い。例えば脾気不足・胃気不降などである。③温病弁証の発展段階の一つ。気分または気分証を指す。

東洋学術出版社『中医基本用語辞典』

調べてみると、上記のように鍼灸のルーツの中国医学では「気」は物質そのものを指したり、生体機能の事をそう呼んでおり、非常に実質的な意味で使われています。

日本での気の解釈は?

気を目に見えないパワーのように捉える日本文化

しかし、日本では「気」の捉え方に、どこか偏ったところがないですか?
オカルト、スピリチュアル系のいう、パワー、エネルギー、波動、などの神秘的、霊的、超自然的な捉え方をする傾向があるように思います。
確かに「気」には、これらのエネルギー的解釈も含まれますが、それは「気」という大きな概念のごく一部です。

鍼灸治療を考える時も「気」という、ある意味どうとでも取れる便利な言葉を使って、煙に巻くような解説がなされていませんか。

「気の偏在を鍼で是正する。」とか、補瀉論における「気を補う。」「気を瀉す。」などの説明は、エネルギー論にも機能論にもどちらとも解釈できますが、一般的にそうした説明を受ければエネルギー論の方に解釈が流れてしまいます。なぜなら、日本では、気配や気のせい、気分、雰囲気、殺気など、「気」には、心の状態や見えないけど漂う感覚といった意味合いで捉える文化、習慣があるからです。日本の鍼灸には、この「気」に対するの認識の掛け違いがあります。下手をすると魔法的な医術のように喧伝されてしまいがちで、「このツボを押せば気がどうたらこうたらで、治ってしまうのです。」「不思議~!」なんて映像を見ると、私はうんざりしてしまうのですが、鍼灸師の皆さんはどうでしょうか。

そこを脱却しないと、鍼灸にまとわりつくミラクルなイメージを払拭できないと私は思います。

鍼灸学校時代も「気が見える。」なんて先生がいました。それはそれで面白いです。
宗教が世界中にあることから、神秘イズムというのは、どこか魅力的で興味深いのも事実です。
私も嫌いじゃありません。もしかして自分にもそんな神秘的なパワーがあったら良いのにな〜って思います。

以前、こんな体験をしました。高野山の奥之院に通じる参道の最後に御廟橋という橋があります。ここからは脱帽、撮影も一切禁じられている聖域です。
そのエリアに入った途端、体中のうぶ毛が逆立ち、全身が静電気でおおわれているような感覚が生じました。それは感じる感じないような微妙な感覚ではなく、物理的感覚としてはっきりと感じました。「なんじゃこりゃ~」とびっくりです。その時は、なんだか自分に超自然的な感覚や力が宿ったのではないかと錯覚しました。

しかし、仏教の世界では、そんな神秘体験は「魔境」として扱われ、別に特別なことではないと戒めています。
例えば、修行中にトランス状態に陥り、幻影を見たり、浮遊した感覚が生じたりしても、それは単なる生理現象だと説明しています。
もし積極的にそのような体験をしたければ、具体的な方法論はいくらでもあります。オウム真理教のようなカルト集団はそうした方法を悪用したわけです。

確かに神秘体験も宗教的行為の一部には含まれますが、決してそんなものが正当な宗教の全てではないことは誰もが知っていることです。

鍼灸も然りです。「魔境」のような神秘イズムも含みます。そういう方法論も全否定はしません。しかし、私たちは、そんなものを前面に出したカルト集団になってはいけません。

まとめ

私は鍼灸の発展のためには、まやかしの霊性は否定します。私は鍼灸を物理療法、刺激療法、ダメージ療法、外科治療として捉えています。その意識改革を行えば、資格は取ったものの治療に自信が持てなくて、鍼灸を諦めてしまった鍼灸師をもっと救えると思っています。鍼灸治療を受けたけど、なんだか何をしてもらったのかよく分からない。鍼灸なんて効かないという人々の認識を改めてもらえると信じています。

職人の技巧は、極めればアートになります。磨き込まれた技には、美しさがあるからです。そして、アートとは、人の心を震わせ感動を与えてくれるものです。そこを高めていけば、やがては、霊性を帯びてくるでしょう。オーラをまとった治療家へと成長できると思います。だから実直にやっていけば、そんなものは後からついてくる、湧いてくるものだと思っています。

この記事を書いた人

中野保
中野保

二天堂鍼灸院院長 / ほのしん講座代表

行岡鍼灸専門学校卒業後に北京堂鍼灸・浅野周先生に師事。2001年に独立し二天堂鍼灸院を開院。2007年に炎の鍼灸師・養成講座(現在のほのしん講座)を開校し、後進の育成にも力を入れています。2018〜19年に 『医道の日本』誌に治療法連載。2020年 臨床総合実習(必修単位)の認定施設として学生の指導を開始。2021年 開業20周年を迎え、神戸市・芦屋市での地域一番院を目指し日々臨床に取り組んでいます。
神戸市の鍼灸院・二天堂鍼灸院
鍼灸師養成講座・ほんしん講座