ほのしん講座

自律神経の治療

こんにちは。二天堂鍼灸院の中野です。
こちらの記事は、鍼灸師向けの専門的内容ですが、該当する症状で鍼灸治療をご検討の方にも一読をおすすめします。
また主催する「ほのしん講座」の受講生や当方の術式に興味のある先生は参考にしてください。

鍼灸治療における自律神経の作用

汎交感神経刺鍼

勉強会でよく聞かれる質問に「自律神経の治療はどうすればいいのか?」という問いがあります。さて、あなたならどう答えますか。

実はこのブログでは、鍼灸治療の自律神経への作用は説明済みです。しかし、テーマを設けて整理した方が理解しやすいので、ここにまとめておきます。

結論から述べると、自律神経に特化した治療をしなくても、鍼灸治療にはもとから自律神経への調整は折込済みです。

現代人のライフスタイルは、交感神経の緊張を招く刺激に溢れています。
日没後にも明るい照明がある生活は、昼間の時間を延長しました。本来、日が暮れてからは、就寝に向け交感神経を鎮静させ、副交感神経へバトンタッチしていく時間です。しかし、私たちは、明るい照明の下で、さらにスマホ、ゲーム、パソコン、テレビなどの明るい光源を目の中に照射し続けています。交感神経は日中の活動時に亢進する神経です。光刺激は交感神経の活動を亢進させます。

また、テクノロジーの発達により、私たちの生活はこの上なく便利になり、身体を動かす機会がどんどん減少しました。現代人は積極的に運動(エクササイズ)をしない限り、慢性的な運動不足の状態に陥っています。その結果、筋肉量の減少、姿勢の悪化により、弱体化した体幹の姿勢筋に疲労が蓄積し、同時に交感神経も緊張します。

なぜなら、交感神経は胸髄、腰髄(胸腰局在)にあり、体性神経(脊髄神経)と白交通枝と灰白交通枝でリンクしているからです。この体性神経と交感神経の脊髄反射を介しての同調現象が、体性内臓反射、内臓体性反射の理論です。つまり、体幹の姿勢筋(固有背筋)に緊張があると、交感神経も同様に緊張するのです。ちなみに副交感神経は、脳幹と仙髄にあり、これを頭仙局在といいます。副交感神経は脊髄神経とのリンクがないので、体性神経と関わりが深い自律神経は、交感神経になります。

そして、体幹の姿勢筋と交感神経のシンクロにより、自律神経のスイッチングは行われています。例えば、夜間就寝中の喘息発作は、起坐呼吸にすると治まります。喘息などのアレルギー疾患は、副交感神経が亢進すると誘発されます。そこで座位にすると、姿勢筋が緊張し、同時に交感神経が緊張するので発作が治まるのです。姿勢筋は別名、抗重力筋ともいいます。脊柱を立てた座位と立位が重力に抗うポジションです。脊柱を寝かせた臥位が非重力ポジションです。つまり、姿勢による交感神経の活動状況により自律神経のスイッチングが行われているのです。立位、座位では交感神経が緊張。臥位では交感神経の緊張が弱まることで、相対的に副交感神経が優位になるのです。

ここまで理解できたでしょうか。

私たちのところへ頚、肩、背中、腰の不具合を訴えてくる患者は、全て固有背筋の緊張がそのベースにあります。さて、そこでうつ伏せの臥位になって治療しますが、非重力ポジションにもかかわらず固有背筋は緊張状態のままではないでしょうか。このような状態では、睡眠時も交感神経が緊張したままで、身体をリフレッシュする副交感神経が十分働けず疲弊していくばかりです。頚の緊張、肩こり、背中の緊張、腰痛の治療は、固有背筋のこりを解消すると同時に、交感神経の緊張も解放するのです。

夾脊刺鍼は、固有背筋と交感神経の緊張を同時に解放します。つまり、固有背筋刺鍼であり、交感神経刺鍼でもあります。ただし交感神経に直接アプローチはしないので、ここでは「汎交感神経刺鍼」と呼びたいと思います。

それでは「汎副交感神経刺鍼」はないでしょうか?あったらいいですよね。ございます。これも既に説明済みです。

汎副交感神経刺鍼

キーワードは「体幹と四肢」です。

体幹と四肢では、刺激に対する反応が異なります。

体幹には前述したように自律神経の交感神経(胸腰局在)があり、体性神経とリンクしています。そのため、体幹での脊髄反射は、体性自律神経反射が発達しています。体幹は内臓を治める生命装置の場なのでこれはこれで理にかなっているのです。

それでは四肢はどうでしょう?四肢は移動や作業の運動装置です。そのため、四肢での脊髄反射は、体性体性反射が発達しています。体性体性反射とは、感覚神経運動神経反射のことです。膝蓋腱反射はこれですね。

生命装置の体幹では体性内臓反射、運動装置の四肢では体性体性反射が発達し、優位に反応するということを覚えておいてください。
体幹の脊髄反射は体性内蔵反射(感覚神経→交感神経→内臓)
四肢の脊髄反射は体性体性反射(感覚神経→運動神経→骨格筋)

刺激に対して真っ先に応答するのは脊髄反射ですが、その後刺激は上行して最終的には脳や脳幹に伝わり、トップダウンの全身性の反応が遅れて出てきます。この反応を上脊髄反射といいます。刺激を感受した脳からの反応としては、オピオイド(モルヒネ様物質)の分泌による下行性疼痛抑制などの液性反射が知られています。したがって、鍼の全身調整作用とは、上脊髄反射によるトップダウンの反応によるものです。

前述したように脳幹には副交感神経があります。具体的には、動眼神経、顔面神経、舌咽神経、迷走神経の脳神経の中に副交感神経が含まれています。したがって、脳幹への刺激は副交感神経を賦活することができると考えています。

四肢における鍼灸の刺激では、脊髄反射(感覚神経→運動神経→骨格筋)は、ほとんど起こりません。筋肉がぴくっと跳ねる単収縮反射は脊髄反射ではありません。例えば、火傷するような熱いものに触れた時に、瞬時に手を引っ込めるような動作が脊髄反射です。そのため四肢の鍼灸刺激は、脊髄反射を介さず、ストレートに脳へ上がり上脊髄反射を誘起しやすいと考えられます。さらに手足の触覚は、脳に於ける感覚地図でも大きな割合を占めることも知られています。(ホムンクルスの擬態図)

以上のことからも脳へ対する作用は、四肢への刺鍼が優れていると考察できます。つまり、四肢のツボ刺激が「汎副交感神経刺激」というのが私の治療の中での位置付けです。

結局、最初にも述べた通り、自律神経性の疾患だからといって、何か特別なことをしなくてもいいのです。訴えのある身体症状に対して、普通に治療すれば自律神経の調整は折り込み済みです。ただし、患者の期待にはこたえてあげるべきです。患者は何か特別な事がして欲しいわけです。例えば、四肢のツボに鍼をする時、ツボの作用や効能をムンテラ(説明)しながら行うといいと思います。患者との信頼関係を構築することは、治療効果にも必ずプラスに働きます。実際の治療効果の上に、プラシーボ効果が上乗せされると思います。

自律神経へのダイレクトなアプローチ方法とは

頚腔内刺鍼


自律神経にダイレクトにアプローチする方法も紹介しておきます。

『頚部の鍼治療』で、胸腔や腹腔と同様に、頚腔という空間把握の提案をしましたが、頚腔内への刺鍼を行えば自律神経に作用すると考えられます。

頚腔内には交感神経節(上頚神経節、中頚神経節、星状神経節)と副交感神経(舌咽神経、迷走神経)があります。他にも、動静脈の大血管系、内臓器では食道、気管、甲状腺等があります。

頚腔は、舌骨筋群、斜角筋群、胸鎖乳突筋、および頚椎で構成される狭い空間です。その中は、神経と血管、臓器、それらを包むファシアで満たされています。交感神経節も副交感神経も近位に存在するので、頚腔内に刺入すれば、おそらく双方に作用します。しかし、標準的なターゲットとして、上頚神経節刺鍼で交感神経節を、頸動脈洞刺鍼で副交感神経を狙えばバランスがいいと思います。ちなみに頸動脈洞刺鍼とは、血圧を下げる効果があり、一般的には洞刺と呼ばれる刺法です。頸動脈洞には圧受容器があり、刺激を受けると舌咽神経-迷走神経反射により血圧が調整されます。背後から羽交い締めにされてコテンと失神するのは、この反射によるものです。(ペインクリニックでは、星状神経節ブロックがポピュラーですが、肺尖部に近くリスクが高いので行いません。また、中頚神経節は、消失している個体もあるので用いません。)


メモ:側頚部に刺鍼すると動悸が治まる患者さんがいます。てっきり横隔神経に作用しているものと思っていましたが、副交感神経反射のようですね。洞刺は、本態性高血圧、気管支喘息、神経性心悸亢進、不整脈、胃痙攣などの疾患に特効があるようです。このブログを執筆しながら、いろいろ資料を調べるので勉強になります。
頸動脈洞刺鍼は、喉頭隆起外側の人迎穴が刺入点です。上頚神経節刺鍼は、舌骨外側縁が刺入点です。どちらも筋肉は避けて、皮下の頚腔へ刺入します。寸3の1番鍼を用いて、組織の抵抗感や患者の反応を確認しながらデリケートに刺入してください。

局所解剖の詳細は、『鍼灸師・柔道整復師のための局所解剖カラーアトラス』(南江堂)非常に参考になります。私の治療法を本気で採用するならマストアイテムです。


自律神経反射のサイン
 
さて、自律神経は基本的に遠心性の出力系の神経です。主に内臓や腺、血管を支配します。体性神経では骨格筋の運動神経が遠心性の神経です。だから、内臓の運動神経が自律神経と考えると分かりやすいかもしれません。どちらも横紋筋と平滑筋の違いはありますが、筋肉の運動を支配している神経です。したがって、感覚神経ではないので得気感はありません。また骨格筋のような単収縮反射もありません。要するに刺鍼刺激に対する反応がよく分からないのです。

そこで、私が治療に際して自律神経性の反応としてチェックしているのは、

交感神経の反応
・体表にジワリと発汗する。汗腺支配によるもの。
・手先が冷たくなる。抹消血管支配によるもの。

副交感神経の反応
・腹鳴。胃腸の蠕動運動。胃腸の活動の亢進。
・漿液性の外分泌液。鼻水。涎。涙。

これ以外にもたくさんありますが、簡単で分かりやすいのが上記の項目です。

治療中に交感神経の反応が出れば刺激(ドーゼ)を加減します。特に初診の患者はドーゼ量が分からないので細心の注意が必要です。
治療に入る前に手先に触れ温もりや湿り気をチェックしておいてください。そして、治療中にも変化がないか何度も確認します。冷たくなったり、発汗したりするようであれば、交感神経緊張のサインです。つまり、交感神経サインはドーゼ量の見極めの参考になります。

そして、治療の仕上がりが良好であれば、副交感神経のサインが現れます。
鼻がつまる(鼻水)、目がウルウルして瞳が輝く(涙)、寝落ちでよだれ~、そして、お腹がグルグル鳴り出したらOKです。
女性はお腹が鳴り出すと恥ずかしいようですが、副交感神経亢進の「いいサインなんだよ。」と説明してあげてください。

自律神経の治療は、基本的に交感神経については鎮静、副交感神経については賦活と考えておけばいいと思います。

刺激療法の長所、便利なところは、双方向性に作用することです。亢進は鎮静へ、低下は賦活へ、要するに身体の調整作用を引き出すのです。
つまり、補瀉を考える必要はありません。それよりもドーゼです。患者の身体が回復方向へはたらくであろうドーゼ量を見極めることです。それさえできれば、あとは身体の方が勝手に亢進は鎮静へ、低下は賦活へ、調整力を発揮します。それが自己回復力、自然治癒力というものです。

この記事を書いた人

神戸市の鍼灸院・二天堂鍼灸院鍼灸師養成講座・ほんしん講座

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