ほのしん講座

頚部の刺鍼

頚部イラスト

こんにちは。二天堂鍼灸院の中野です。
こちらの記事は、鍼灸師向けの専門的内容ですが、該当する症状で鍼灸治療をご検討の方にも一読をおすすめします。
また主催する「ほのしん講座」の受講生や当方の術式に興味のある先生は参考にしてください。

頚部の特異性・重要性

頚部のエリアを十全に治療できる事は、治療家にとって重要な意義があります。

頚部は、最高中枢の脳、脳幹の直下に位置し、脳神経、自律神経、神経叢が混在します。

頚部の主な末梢神経

脳神経舌咽神経、迷走神経、副神経
自律神経(副交感神経)舌咽神経、迷走神経
自律神経(交感神経)上頚神経節、中頚神経節、星状神経節
神経叢(脊髄神経)頚神経叢(C1~C4)、腕神経叢(C5~T1)

両手の中に納まる体積の中にごっそり重要な神経系が詰まっているんです!全身探してもこんな場所は頚部以外ありません。

この頭部と体幹を中継する脆弱な部位は、構造的にもストレスにさらされやすく、疲労の生じやすい場所です。頚部が凝ると、その緊張は介在する末梢神経(脳神経、自律神経、脊髄神経)から中枢神経(脳、脳幹)へフィードバックされます。

例えば、脊髄損傷ではダメージ部位より下位に障害が出ます。損傷部位が、上位になるほど障害は広範囲に及びます。身体の緊張についても同様のことが言えるのではないでしょうか。下肢の緊張や腰の緊張よりも、頚の緊張の方が神経系全体への影響が大きいと考えられます。

身近なところでは、不眠を訴える患者の多くには、頚部に緊張があります。鍼灸やマッサージで頚部のコリを取ってあげると、不眠が緩和されるので、やはり、頚部が緊張している状態では、脳も十分に休めないのだと思います。

また、ムチウチの後遺症として自律神経の機能障害(バレリュー症候群)が現れることがあります。はっきりとした原因は不明ですが、ムチウチのショックによる頚部の交感神経機能障害だと考えられています。ならばムチウチに関係なく、慢性的な頚部の緊張状態でも同様の症状が現れても全く不思議ではありません。

事実、バレリュー症候群の症状は多岐にわたりますが、代表的なものに頭痛、頭重感、めまい、聴力の低下(難聴)、耳鳴り、眼精疲労、視力の低下、喉のつまり感、食欲低下、吐気、しびれ、疲労感、全身の重だるさ、微熱(発熱)、不眠、情緒不安定などが挙げられます。いかがですか?私たちが日常的に診ている、肩こりに随伴する症状がほとんどじゃないでしょうか。

このように、頚部の不具合は、全身の神経系やからだ全体のパフォーマンスへ波及することが推測されます。したがって、頚や肩のこりに関わらず、あらゆる症状、疾患についても、頚部は非常に重要な治療部位となります。

その特異性、重要性をよく理解した上で、頚部の治療には当たるべきです。

姿勢からの考察


今このブログを街中でスマホで読んでいるなら、周囲の人たちをちょっと観察してみてください。
歩いている姿、座っている姿、スマホを見ている姿、勉強している姿、作業をしている姿、そこは私たちの臨床へのヒントに溢れています。

いまは頚部に集中して観察してみてください。何が見えてきますか?

頚部は頭部を支持する構造体です。私たちの所へ、肩こりを訴えてくる患者の多くは猫背です。猫背では、頭部が体幹より前方へ逸脱しています。これでは、頭部の重量をすべて頚部で受けるかたちになり緊張が持続します。次に姿勢の良い人を探して見てください。重心ラインの整った正しい姿勢では、頭部は体幹の上に位置し、この状態なら頚部はストレスフリーです。

なんで猫背になっちゃうんでしょう?

姿勢が悪い人のほとんどは運動不足です。固有背筋(姿勢筋)の筋力が弱いために、背中を丸め骨盤を後傾した姿勢になってしまいます。ほら、お尻をずらして椅子に座っている人がいるでしょ。こんな人は、頑張って姿勢を正してみても、筋力が無いので長続きしません。まただらしない座り方にすぐに戻ってしまいます。現代の暮らしは便利になり過ぎて、私たちから体を動かす機会をことごとく奪ってしまいました。現代人は、積極的に運動しない限り、普通に生きていたら間違いなく運動不足で筋力不足の身体になってしまいます。
だから、一朝一夕では、正しい姿勢を手に入れることはできません。筋トレやストレッチ、有酸素運動などを習慣化して、身体を再教育するしかないのです。

余談ですが、昨今は人間工学に基づいた設計の素晴らしいデスクチェアが多数販売されています。実は私も以前使用していたことがあります。しかし、残念ながら姿勢の改善には繋がりませんでした。いくら理想的なポジションを椅子を使って実現したところで筋力はつかないからです。それで今はどんな椅子を使っていると思われますか?実はなんの変哲もない只の丸椅子です。

体幹の固有背筋はスタビリティの筋肉です。スタビリティの筋肉は負荷をかけて関節運動を行い鍛える筋肉ではありません。バランスボール・トレーニングの様にバランスを取りながら姿勢をキープする、静的なコアトレが体幹の固有背筋のトレーニング法になります。バランスボールを椅子がわりに使う手もありますが、ちょっと実用的ではありません。かと言って丸椅子を使っても骨盤を後傾させて背中を丸めて座っている様じゃもちろん意味がありません。骨盤を立てて、腰は少し反らすくらいの意識で座ると体幹の固有背筋に効いてきます。固有背筋が弱い人はそれだけでも結構しんどいです。かつての自分もそうでした。

正しい姿勢をキープして背もたれも何もない丸椅子に座ればそれだけで体幹のコアトレになります。やがて正しい姿勢が身体に定着すれば、猫背になる事がかえって気持ち悪く感じる様になります。そこまでくれば丸椅子が究極の健康チェアになります。 

頚部の固有背筋


肩こりの正体は頚部から肩背部につづく固有背筋(姿勢筋)の緊張でした。身体の構造的疲労は、抗重力筋の固有背筋に集中し、支配神経の脊髄神経後枝が興奮します。その興奮が、同位の脊髄神経前枝交感神経枝にシンクロし、四肢や内臓の随伴症状が生じます。患者の愁訴の全体像をこのように固有背筋を基準に紐解いてください。もちろんそれが全ての患者の症状に当てはまることはありませんが、鍼灸の臨床ではかなり有効です。またこのように診立て(ものさし)をシンプルにすることで、診断への思考を整理し易くできます。

頚部の主な固有背筋

後頭下筋大後頭直筋、小後頭直筋、上頭斜筋、下頭斜筋
項部頭半棘筋
側頚部頭板状筋、頚板状筋、頭最長筋、頚最長筋

さて前段でも説明したように、
頚部の固有背筋(脊髄神経後枝)の緊張は、当然、頚部に分布する他の神経の興奮につながります。脳神経の興奮が脳幹部へフィードバックすれば中枢神経系にもいい影響を与えないことは容易に想像がつきます。自律神経(交感神経、副交感神経)、脊髄神経(頚神経叢、腕神経叢)についても同様です。その緊張がシンクロすれば、支配領域に不具合が生じます。

したがって、先ずは固有背筋の治療を優先し(要は首から肩の凝りの治療です。)それでも残る随伴症状については、自律神経へのアプローチ、頚・腕神経叢へのアプローチを考えていけばいいと思います。

診察は触診で行い、①項部(頭半棘筋)、②側頚部(頭板状筋)、③前頚部(斜角筋)のエリアの緊張を診ます。頚部は触診力を鍛えるのに非常にいいパーツです。圧のかけ方やタッチの仕方、重層的に重なり交差する筋肉をどこまで細かく捉えているか、そういうことを意識して取り組んでください。(触診の詳細は徒手療法篇で説明します。)

ぶっちゃけ頚部は徒手だけでもかなりのことができます。なぜなら、何度も言いますが小さな容積体だからです。ほとんどすべての筋肉、神経へ徒手でアクセスできます。だから、上手に頚部を触れるようになるだけで、治療のパフォーマンスは格段に向上します。

頚部の診察は、基本的にすべての患者さんに行い、必要があれば訴えが無くてもケアします。結果、患者のコンディションが良くなり、主訴の治療にもプラスにはたらくでしょう。

頚腔という空間


深く打つ鍼は、浅い鍼よりもリスクを伴います。解剖学の勉強はもちろんですが、実技については経験を積みながら一歩一歩、慎重に慎重を期して行ってください。間違っても焦りは禁物です。
また独学で限界を感じたとき、あるいはこの鍼法を本気で学びたいと思うなら、指導を行っている勉強会への参加や治療院の見学が必須です。百聞は一見に如かずです。

それでは頚部の刺鍼法についてご説明します。

「頚部は小さな容積の中に神経と血管が集中しています。それらを傷つけないように慎重な施術を行ってください。」と言われても、どう回避すればいいかイメージしずらいと思います。そこで先ずは筋層にだけ鍼を刺入するとインプットしてください。

そして、私が提案したいのは『頚腔』という概念です。聞いたことないですよね。私がつくった新語です。でもとんでも理論じゃないですよ。
要は、口腔、胸腔、腹腔、骨盤腔という空間と同様に、頚腔という空間を意識すればいいのです。
口腔、胸腔、腹腔、骨盤腔には基本的に鍼を刺入しません。臓刺になるからです。頚部の場合は、気管や食道、甲状腺などが内臓器にあたりますが、それよりも豊富な神経群、大血管が頚腔に存在します。

胸腔や腹腔、骨盤腔を構成するのは、その周囲をとりまく骨格や体壁(筋肉、腱、靭帯)です。頚腔も同様です。

胸腔は、胸郭と横隔膜。腹腔は、横隔膜と腹筋と背筋、それに続く骨盤腔は、骨盤と骨盤底筋で構成されます。頚腔は、胸鎖乳突筋の前頚部、斜角筋群、舌骨筋群で構成されると考えていいと思います。つまり、その筋肉を貫通すれば頚腔内に鍼が侵入し血管や神経を穿刺するリスクが高まります。ここで肉眼解剖を詳細に検証すれば、リスクの発生ポイントはもっと列挙できると思います。そうした検証はもちろん大切です。日ごろから資料に目を通し研究は怠らないでください。ただ、臨床でのおおまかなガイドラインとして頚腔という空間認識は役に立つと思います。

深刺の鍼治療における必携の解剖学書を紹介します。肉眼解剖で代表的経穴の刺鍼によるリスクを明らかにしています。
出版社サイトでは中見ページが公開されています。この鍼法を修めるなら必読です。

『鍼灸師のための局所解剖カラーアトラス』

後頭下筋刺鍼


後頭下筋刺鍼は非常に汎用性が高く、頚肩部のこり以外にも頭痛や眼精疲労、自律神経の調整、ストレス性疾患など広く用いることができます。私は全身の調整作用をあげる目的で基本治療として施術しています。

後頭下筋は大・小後頭直筋、上・下頭斜筋の四つの筋で構成されます。第1頚椎、第2頚椎から後頭骨に付くインナーマッスルです。ショートでスタビリティの筋肉なので、頭部の可動よりも固定に寄与します。カメラの三脚に例えるなら、構図を決めて最後に台座の固定をするネジの役割です。つまり頭の位置を決めて視座を固定しています。だからパソコン仕事などの頭位を固定して目をよく使う仕事では、必ず疲れる場所です。

また後頭部の大脳皮質は視区で、ものを見る脳がある場所です。大脳皮質を投影した頭皮に刺鍼すると、その部位の脳の血流がよくなります。中国の文献では脳卒中の急性期に頭鍼を用いています。やはり、くも膜下出血の様な大脳皮質部での出血に効果があるようです。日本では残念ながらそうした臨床現場に鍼治療のポジションがないので、稀に後遺症の患者さんを診るくらいです。

私自身はうつストレスの治療で頭鍼をよく使います。うつ病の治療で大脳皮質の前頭前野に磁気刺激を当てる物理療法があります。前頭前野は人間を人間たらしめている思考の脳です。うつ症では、この前頭前野の血流が著しく低下しています。前頭前野に磁気刺激を当てることで血流改善に効果があるようです。うつ症の治療でも、前頭前野部の神庭、本神(三神)のツボに鍼を入れます。どうでしょう。おそらく磁気刺激以上の効果が期待できると私は考えていますが、どうでしょうか、皆さんも是非追試してみてください。

同様に後頭下筋刺鍼も後頭骨を削ぎ打ちするので頭鍼の一種と考えることもできます。したがって、後頭下筋刺鍼は頭位の固定による筋疲労解消と大脳皮質視区への血流改善が期待でき眼精疲労には効果的な鍼法です。

また頚肩のこりが原因の緊張性頭痛も後頭下筋の関与が大きいと言えます。後頭部から側頭部にかけて、締め付けられるような重痛が代表的な症状ですが、これは後頭部から側頭部にかけての頭皮に分布する皮神経(感覚神経)の大後頭神経(第2頚神経の後枝)、小後頭神経、大耳介神経の興奮が原因です。

大後頭神経は後頭下筋を貫通して頭皮に分布するので当に後頭下筋による絞扼症状です。

小後頭神経と大耳介神経は頚神経叢(脊髄神経前枝)由来で側頚部の中央(エルブ点)より体表へ出て頭部へ延びていきます。後頭下筋や固有背筋の緊張は、支配神経の脊髄神経後枝を興奮させて、その興奮が前枝(頚神経叢)へシンクロし、その分枝である小後頭神経と大耳介神経へ波及すると緊張性頭痛が発生します。

刺入点は、a天柱、b風池、c完骨を少し上がって骨際に取ります。頭部と頚部の付け根、外後頭隆起の下方、頭皮を触診して後頭骨が落ち込んで触れなくところから後頭骨面に向けて削ぎ下ろすように刺鍼します。後頭骨面の傾斜角を考えて尾側の方に向けて少し斜刺する形になります。深刺の場合、頭位に向けて打つと大後頭孔へ侵入するリスクがあるので禁忌です。使用する鍼は寸6・3番を標準としておきます。もちろん、患者の体躯やドーゼ・キャパにより鍼の長さや番手は調整します。


後頭骨面を削ぐイメージで刺鍼

削ぎ打ちは運鍼も難しく刺入角度も微妙です。鍼先が骨に当たって止まれば刺鍼転向で角度を修正しながら刺入します。c点については乳様突起の後側の付け根から水平方向に打つと後頭下筋に刺入できます。また、乳様突起の裏側を通す方向で刺入すると頭蓋の通過孔より顔面神経(茎状突孔)、舌咽神経(頸静脈孔)、迷走神経(頸静脈孔)が出るポイントへ刺入できます。内耳性の耳鳴りや難聴、めまいなどに有効です。


乳様突起の裏側を通す方向に刺鍼

ここで神経を直接狙う必要はありません。刺激が入れば十分です。ただし、透視下で行うわけではないので、実際のところ鍼が神経に当たっているかいないかは分かりません。デリケートで慎重な運鍼が必要です。臨床では、鍼が神経や血管にヒットする場合もあります。その時の患者の反応を普段からよく観察し、リスクを見極めることができるように経験を積んでください。

固有背筋刺鍼


頚部固有背筋刺鍼と後頭下筋刺鍼は、いつもワンセットで用います。後頭下筋刺鍼のラインの下にもうワンライン鍼が並ぶ形になります。ラインの位置は乳様突起直下の安眠穴が目印です。頭頸部の付け根は、非常にコリが頑固なので、そこにかため打ちする感じです。

頭半棘筋 ②頭板状筋 ③頭最長筋がターゲットです。すべて頚部の固有背筋です。ついでながら、後頭下筋も固有背筋です。ここでは便宜上、区別しています。

頭半棘筋は項部になります。うなじに盛り上がるスジの最頂部に、アウターの僧帽筋を貫通して打ちます。

頭板状筋は僧帽筋と胸鎖乳突筋の間の皮下に触れてくる筋肉です。

頭最長筋は乳様突起の最深部に付着する筋です。乳様突起の直下(安眠穴)の場所です。胸鎖乳突筋→頭板状筋→頭最長筋と貫通します。


上部ラインが後頭下筋、下部ラインが頚部固有背筋

斜角筋症候群

 頚肩腕症候の例では、病期が短く軽症の段階ならば、固有背筋の治療で症状も消失します。まだ脊髄神経後枝支配の固有背筋の緊張が感作して、脊髄神経前肢支配の領域へ症状が出ている段階だからです。しかし、重症で慢性化している場合は、なかなか改善にいたりません。なぜなら症状が長期に及ぶと、前枝支配の筋も緊張状態が続き、血流が障害され、凝り固まってくるからです。本来、斜角筋は呼吸の補助筋で、構造的疲労の生じる筋ではありませんが、慢性の肩コリでは、高い確率で硬結化しています。したがって斜角筋の治療も考慮に入れます。 腰における大腰筋も同じ展開が考えられます。斜角筋と大腰筋の比較は『大腰筋刺鍼篇』でも説明しました。共に腕神経叢支配と腰神経叢支配であり、固有背筋の疲労、緊張を受けて硬結化しやすい性質があると考えられます。 斜角筋には、前斜角筋、中斜角筋、後斜角筋があります。ここで主にターゲットにするのは前斜角筋と中斜角筋です。二筋の間の斜角筋隙より頚・腕神経叢が出るため、前斜角筋と中斜角筋が硬化すると神経叢に対して機械的刺激(圧迫、牽引)を加えたり、神経の興奮を伝播したりすると考えられます。(斜角筋症候群) それでは、斜角筋症候群において、頚神経叢と腕神経叢で起こる症状を詳しくみていきましょう。 

頚神経叢の支配領域で起こる症状

 ・頭部では、緊張性頭痛です。後頭部から側頭部にかけて、締め付けるような重痛が発生します。これは後頭部から側頭部にかけて分布する大後頭神経(これは第2頚神経の後枝)、小後頭神経、大耳介神経(頚神経叢由来)の症状です。 ・咽喉部では、喉の違和感です。喉のつまり(梅核気)や声枯れ(嗄声)などです。嚥下と発生に関する障害です。梅核気(中医病名)は、喉に梅の種が詰まったような、飲み込みたくても飲み込めないような違和感があります。ストレス性の肝の病症です。現代医学的にはヒステリー球といいます。それなら肝鬱気滞で、下肢の肝経の配穴でしょうか。嗄声なら気管支の症状で肺経、あるいは経絡的に腎経の配穴でしょうか。 解剖学的に考えれば、頚の緊張を背景に頚神経叢支配領域(舌骨下筋群を支配)に出た症状で、舌骨筋群の不具合と推理できます。舌骨下筋と舌骨上筋は互いに舌骨の上と下で舌骨を引っ張り合いっこして、嚥下と発声に関わっています。この筋群が正常に機能しないと、ものが飲み込みにくい、風邪でもないのに声が枯れた、カラオケで今まで出てたキーが歌えなくなったなど、嚥下と発生に関わる症状が出ると考えられます。 ・頚神経点(エルブ点)からは、小後頭神経、大耳介神経、頚横神経、鎖骨上神経等の皮枝(感覚枝)が頭部、頚部、肩部(デコルテ)に広く分布しています。頭部は前述しました。頚部から鎖骨部にかけての皮膚の感覚枝については、頻度は少ないですが、鎖骨や肩峰などの骨が痛いと訴える人がたまにいます。これも頚の緊張から頚神経叢支配領域に出ていることを知らなければ的を射た治療ができないと思います。 

腕神経叢の支配領域で起こる症状

 腕神経叢の支配領域は上肢と上肢帯です。痛い、痺れる、怠い、重いなどの神経症状が出ます。上肢帯とは、体幹にある上肢の筋肉です。広背筋、菱形筋、肩甲挙筋、胸筋、前鋸筋、三角筋、腱板などです。(僧帽筋は副神経と頚神経叢支配) もし腰背痛の原因が広背筋の腕神経叢由来の神経症状であったなら、腰背部を治療していてもダメです。このような場合、症状の出ている領域に施術しても効果がありません。支配神経が障害されている解剖学的トラップにアプローチするのが有効です。腕神経叢の走行上、機械的圧迫や牽引が生じる場所に鍼を打ちます。つまり、固有背筋と斜角筋をターゲットにした肩こりの治療が原因治療になります。 

斜角筋刺鍼(傍・頚腕神経叢刺鍼)

 ここでは仰臥位のモデルで説明します。胸鎖乳突筋の起始部には、胸骨頭と鎖骨頭があります。二股に分かれた起始部をつまんで把握してみてください。センターの筋腹が胸骨頭で外側の筋腹が鎖骨頭です。斜角筋へのアプローチは、胸鎖乳突筋鎖骨頭から行います。ただし、鎖骨頭付着部の直下には肺尖があるので、肺尖より上の高さから始めてください。頚部と肩上部が交わるくらいの位置が目安です。先ずは胸鎖乳突筋をターゲットに鎖骨頭から乳突筋のラインへ矢状方向に打つ練習をしてください。それができれば胸鎖乳突筋をそのまま貫通すれば前斜角筋・中斜角筋へのエリアに侵入します。前述したように頚腔をよくイメージしてください。頚腔は舌骨筋群と胸鎖乳突筋と斜角筋で構成され、その体壁の内側には頚部の大血管群と神経系が走行しています。斜角筋は頚・腕神経叢支配なので、斜角筋のエリアに入ればその支配領域の頚肩腕部に刺激が放散する場合があります。そうした得気感を患者にもよく確かめながら経験を積んでください。


頚腔:胸鎖乳突筋の下に前・中斜角筋と腕神経叢が見えます

施術の効率化に加え、患者心理としては前からの施術は恐怖感を伴うので、伏臥位で刺鍼するケースもあります。その場合、頚椎横突起のライン上から前傾三角領域に向けて刺鍼します。第一肋骨から頚椎横突起へ斜走する前・中斜角筋を立体的に捉えよく頚腔をイメージしてください。そうして前・中斜角筋隙をターゲットに刺鍼します。やはり、斜角筋のエリアに入ればその支配領域の頚肩腕部に刺激が放散します。ただし斜角筋隙の鎖骨窩部については、肺尖を穿刺するリスクがあります。頚部と体幹の境界より上で捌くようにしてください。

この記事を書いた人

神戸市の鍼灸院・二天堂鍼灸院鍼灸師養成講座・ほんしん講座

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