むち打ちの鍼灸治療

執筆者 | 2021/06/07 | むち打ち, 患者向け

むち打ちとは?


車で後部から追突され、その衝撃で頭部が振り子となって頚が正常な可動域を逸脱して、大きくムチのようにしなるので、ムチ打ちと呼ばれる。正式な診断名をつけるなら頚椎捻挫、あるいは頚部挫傷だ。レントゲン等の画像診断では、骨に異常を認めることは少ない。しかし、瞬時に頚椎が大きく伸展、屈曲し、引き伸ばされるので、骨に問題がなくても、頚椎周囲の筋肉や腱、靭帯等の軟部組織、あるいは脊髄やそこから枝を出す末梢神経にも微細な損傷が生じるだろう。こうした損傷は、レントゲンでは判断できない。あとは本人の訴える自覚症状により頚椎捻挫(ムチ打ち)の診断となる。(余談だが、サーフィンやスノーボード等のボード・スポーツ歴のある人も、自覚はないが、度重なる転倒でむち打ちとなっているケースも多い。)

主に自動車の追突事故によって被追突者が受傷した場合に訴えられる多彩な症状をいう。ヘッドレストが装備される以前に,受傷時には頸部があたかも猛獣使いの鞭のようにしなることから鞭打ち損傷(whiplash injury)という病名が付けられたが,最近では病名として不適切とされる。病態的には頸部挫傷(neck contusion)ないしは頸椎捻挫(neck sprain)であり,MRIでも異常所見としてほとんど捉えられない。急性期には頸部痛,特に運動痛であり,そのため各方向への可動性が制限される。そのほか,後頭部痛・重感,肩こりが多い。3か月以後の慢性期には前頭部痛,耳鳴り,めまい,目のかすみ,集中困難などバレー-リエウ症候群と称される自律神経障害が前景に立つ。頸部は脳に近くまた自律神経が豊富に分布することがその理由とされているが,いわゆる外傷後神経症と一括される心因性との鑑別を要する。上肢のしびれ・重感が神経根の障害として長く続くこともある。

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むち打ちの鍼灸治療

「こちら◯◯損保ですが、◯◯様が、交通事故のムチ打ちの鍼灸治療を、そちらでご希望されています。治療費については、当社がご負担いたします。一両日中に◯◯様が来院されると思いますが、ご了解いただけますか?」
「了解いたしました。」
保険会社とそんなやりとりをするのは初めてだった。ムチ打ちはたくさん診てきたが、大抵、鍼灸院にやってくるムチ打ちの患者さんは、発症からかなり時間が経過していることが多い。もう何年も前の事故で、それ以来、ムチ打ちの後遺症に苦しんでいるという人たちだ。発症したての急性期のムチ打ちの治療はめずらしい。


保険会社が連絡してきた患者名には、聞き覚えがあった。少し前に肩こりの治療で来院した新患の女の子だ。確か彼女(20代)は、東京の住所で、たまさか帰省した折にこちらへやってきたはずだったが・・・東京の人がどうしてうちにくるのだろう??

電話を受けた次の日に彼女はやってきた。頚には固定のカラーを装着し、かなり痛々しい様子だ。ほとんど頚を動かせないらしい。さらに身体中あちらこちらに痛みが出て、今は上肢下肢の関節が痛むらしい。また、めまいや悪心等の自律神経症状(バレリュー症候)も訴えている。
どうやら、また帰省した折に、こちらで追突事故に会い、現状では東京にも帰れないということだ。現在は、どのようにしていても辛く、ほとんど横になった状態で、電車に乗ることすらできないと言う。

勤務先にも連絡して回復するまで休ませてもらえるように相談し了解をえたという。治療は、とにかく早く東京に帰って社会復帰できるように計画を立てることにした。

当たり前の話だが、本人は事故のショックで、自分のカラダがどうなってしまうものかと、かなり不安な様子だ。まずはレントゲン検査で異常なしということなので、頚椎周囲の軟部組織や神経が多少はダメージを受けたろうが、それは時間経過とともに良くなることを丁寧に説明する。また頸部以外にも全身性に痛みが出たり、めまいや気分の悪さ等の自律神経症状が出たりするのも、脊髄にショックを受けているので、なんの不思議もないことを諭す。いまは受傷直後なので、ショック状態にあり、まずはアラームを鳴らして興奮状態にある神経の鎮静化を図るとこから治療を開始する。

頸部から背中、腰まではショック時の筋性防御のためだろう、予想通り緊張状態のままだ。このロッキング状態を早く解除してあげないといけない。悪い状態で放置しておくと、その悪さ加減や痛みを脳が記憶してしまうので病態が慢性化しややこしくなる。

ムチ打ちの後遺症に苦しんでやってくる患者さんたちは、おそらく、この初期状態、急性期での治療が不十分で、完治せずに慢性化してしまったと思われる。このようなケースでは、完治しきれずにクローズしてしまった治癒のプロセスをもう一度先にすすめる必要がある。損傷部位に鍼でアプローチし、もう一度古傷を新鮮な状態に戻し、修復のやり直しをさせるのだ。大概それで上手くいくが、治りが悪い場合は、脳に刷り込まれた痛みという視点でも病態を考えなければならない。その場合、脳に対しての刺激(情報)の入力は、上下肢の末梢のツボが有効なので、そうした治療も加えていく。

だから病に対しての手当は早ければ早い程よい。時間が経過した、陳旧性、慢性の症状は、何につけ病態が一筋縄でなく、こんがらがった糸を根気よく一つ一つ解いていかなければ仕方がない。近道なんてないのだ。

さて、ムチ打ちの彼女だが、病歴を尋ねると過敏性腸症候群や過呼吸によるパニック等の症状が過去にあったが、今は完治しているという。でも鍼をすると、やはり、刺激には敏感なので、一番細い柔らかい鍼を使用することにした。デリケートなタイプなので、事故によるショック症状も強いと思われる。このタイプの人たちは、ストレスに対して非常に敏感に反応してしまうのだ。ただ彼女の場合、生来の無邪気さとおっとりした性格が、そのデリケートな体質を上手くカバーしている。おそらく、過去の過敏性腸症候群やパニック発作等の心因性によるところの大きい病も深みにはまらず完治できたのは、その穏やかな素直な性格が功を奏したのだと思われる。
彼女の場合は、急性期に治療を開始したのが奏効した。治療を重ねる毎に、日に日に良くなり、1ヶ月の休職を経て東京へと戻っていった。

この記事を書いた人

中野保
中野保

二天堂鍼灸院院長 / ほのしん講座代表

行岡鍼灸専門学校卒業後に北京堂鍼灸・浅野周先生に師事。2001年に独立し二天堂鍼灸院を開院。2007年に炎の鍼灸師・養成講座(現在のほのしん講座)を開校し、未来の鍼灸師の育成にも力を入れています。2018〜19年に 『医道の日本』誌に治療法連載。