こんにちは。二天堂鍼灸院の中野です。
こちらの記事は、鍼灸師向けの専門的内容ですが、該当する症状で鍼灸治療をご検討の方にも一読をおすすめします。
また主催する「ほのしん講座」の受講生や当方の術式に興味のある先生は参考にしてください。
夾脊刺鍼のターゲットは固有背筋
ここで紹介する治療法は、現代医学の解剖生理学の理論をベースに考案しました。現代のスタンダードな知識が基礎なので、比較的入門しやすく、また再現性にも優れていると思います。
まずは解剖学をしっかりおさらいしてください。その上で解剖生理に裏打ちされた治療理論を理解し、技術を磨いてください。そうすれば「やった→効いた」のレベルまでは早い段階で到達できます。
解剖学の具体的な勉強法については、既に書きました。興味のある人は「大腰筋刺鍼」の記事を参照ください。
鍼治療にも、様々なやり方や流派がありますが、全ての治療法は仮説です。この鍼法についても同じです。どれを採用するかは、個人の自由です。要は自分が理解し納得できるやり方を見つける事です。それがないと治療は行き当たりばったりになり、再現性のないものになってしまいます。そして、自分のやり方を見つけたら、臨床でその仮説を実験し証明していけばいいのです。その作業を繰り返す事で、治療の精度が上がり、腕前も上がっていきます。
固有背筋の考察
今回は夾脊刺鍼についてご説明します。夾脊の語源は華佗夾脊穴からお借りしました。華佗夾脊穴は胸椎12椎、腰椎5椎の棘突起両傍に幅5分に取穴しますが、私が実際に行なっている取穴は、頚椎も含めもう少し外側で幅およそ1寸程度です。脊柱を挟んで傍刺するので便宜上、夾脊刺鍼と名付けています。
夾脊刺鍼の目的は、固有背筋の緊張を処理し、その支配神経の脊髄神経後枝の興奮を解放することです。固有背筋とは、脊柱起立筋(棘筋、最長筋、腸肋筋)、横突棘筋(多裂筋、半棘筋、回旋筋)、後頭下筋(上・下頭斜筋、大・小後頭直筋)、板状筋の総称です。頚部から体幹に起始、停止し、脊柱を支持する抗重力筋です。支配神経は脊髄神経の後枝です。
抗重力筋とは、字の通り重力に抗う筋肉です。では人間の場合、重力に抗うポジションとはどういった姿勢でしょうか?これは脊柱を支持し体幹を起こした状態、つまり立位と座位が抗重力ポジションです。(対して臥位が非重力ポジションです。)骨格筋は随意筋に分類されますが、抗重力筋については、立位、座位において、意思に関係なく自動的に収縮します。したがって、私たちが立位や座位で活動している時は絶えず緊張している筋肉です。
私たちは歩いたり走ったり、あるいは 何か作業をしている時も、絶えず前傾のポジションをとっています。後ろ向きに歩いたり走ったり、手を後ろに回して背中側で作業をする人はいませんね。つまり前方に脊柱が倒れていくのを、後方で引っ張り支えているのが固有背筋です。この時、前側の腹筋や胸筋は積極的に活動していません。したがって脊柱は前後で支えているのではなく、背中側の固有背筋が引っ張り支える張り綱構造になっていることをよく理解してください。
だから固有背筋は、構造的疲労の場と言えます。鍼灸院には、肩こりや背中のはり、腰痛を訴えて多くの患者がみえます。胸やお腹がこるなんて人はいません。首こり、肩こり、背中のはり、腰痛は、まず全て固有背筋の疲労とシンプルに考えてみてください。
「ちょっと待って!肩こりといえば、僧帽筋、菱形筋、肩甲挙筋などもあるんじゃないですか?」
そんな声が聞こえてきそうですね。確かにそれらの筋肉も二次的なターゲットですが、第一選択肢ではありません。これらの筋肉は体幹にあるとはいえ脊柱を支持する姿勢筋ではないのです。では何か?これらの筋肉は上肢帯の筋肉です。だから支配神経も違います。上肢帯の筋肉は腕神経叢支配です。腕神経叢は脊髄神経の前枝で構成されます。(後枝支配の固有背筋と前枝支配の上肢帯と支配神経がくっきり分かれていることに注目。)例外的に僧帽筋は副神経(脳神経)支配です。体幹にあっても体幹の筋肉、つまり脊柱を支持している姿勢筋ではない上肢帯の筋肉はたくさんあります。広背筋、僧帽筋、菱形筋、肩甲挙筋、大円筋、ローテーターカフなど、これらの筋肉は上肢帯の筋肉で腕神経叢支配(一部脳神経支配)です。これらの筋肉は、体幹においてはアウターマッスルで、伸縮性に富むムーブメントの筋です。それに対して、固有背筋はインナーでスタビリティの筋肉で絶えず緊張を強いられる抗重力筋です。だから先ずは固有背筋が最優先のターゲットなのです。
固有背筋と上肢帯のトレーニング方法も全く違いますね。アウターマッスルの上肢帯の筋肉は、負荷をかけて関節運動を行い鍛えます。チンニング(懸垂)が代表的なトレーニング方法ですね。かっこいい背中を作りたかったらチンニング、私もやっています。対して、インナーマッスルの固有背筋は、バランスボールトレーニングやプランクなどの静的トレーニング、いわゆるコアトレと呼ばれるメニューで鍛えます。姿勢筋(スタビリティ)と関節可動筋(モビリティ)ではトレーニング方法が違うことも理解しておいてください。
罹患筋肉の鑑別方法
ここで筋肉をターゲットにした場合、私がどういう視点で治療すべき筋を選定しているかお話しします。私が罹患筋の選定に使っている主な指標以下のは三つです。
★ アウターかインナーか?
★ モビリティかスタビリティか?
★ ロングスパンかショートスパンか?
その三つを指標において、インナーでスタビリティでショートスパンの筋を罹患筋として最重要ターゲットと考えています。
筋肉にはダイナミックな関節運動を受け持つモビリティの筋肉とその関節運動を安定させているスタビリティの筋肉があります。身体の表層に付いてるアウターの筋肉は起始と停止が長いロングスパンの筋肉です。支点と力点が離れているのでテコの作用が大きくダイナミックな関節運動を行なうのに適しています。比べて関節モーメントの直近にあるインナーマッスルは起始と停止が短いショートスパンの筋肉です。支点と力点が近接しているためテコの作用は小さいですがモーメントの直近で関節の安定性を高めています。
アウターでロングスパンの筋肉は伸縮性も高く、したがって筋のポンピング作用もよく働きます。さらに活動していない時は、ニュートラルなポジションで脱力状態にあります。したがって、疲労の蓄積が少ない代謝のいい筋肉です。
比べてインナーはショートスパンの筋肉で伸縮性が乏しく、関節の安定させる役割で絶えず緊張しています。縁の下の力持ちですね。したがって疲労が蓄積されやすい筋肉です。また深層筋は神経根部や走行部とも合致するところが多く、硬結化した深層筋が神経に対し機械的に圧迫や牽引など、なんらかの刺激要因となることも考えられます。
さらに、アウターとインナーを比較したときに、次のような性質と処方箋が考えられます。
★ アウターは、白筋/速筋/無酸素運動の性質の筋肉で、運動不足だと弱体化しボリュームダウンしやすい傾向があります。したがってアウターマッスルについては、筋トレが重要な処方箋となります。
★ インナーは、赤筋/遅筋/有酸素運動の性質の筋肉で、スタビリティの役割をし、絶えず緊張を強いられ、硬結化し短縮傾向に陥りやすい傾向があります。したがってインナーマッスルについては、ストレッチが重要な処方箋となります。
しかしながら、実際問題としてはインナーマッスルはストレッチの難しい筋肉です。表在性の筋であり、伸縮性のあるアウターは目標とする筋肉に対してストレッチ感を十分に感じやすい筋肉です。それに対し、深部の筋は、位置も自覚しづらい上に、伸縮性の低い筋肉なので目標とする筋に対してのストレッチ感が得にくいのです。だからインナーマッスルをストレッチする場合は、より意識的に筋の位置、ストレッチ感をよくイメージして行う必要があります。
またマッサージなどの徒手療法もアウターには十分有効ですが、腰部の大腰筋など深層部のインナーには殆ど無効です。徒手で無理に強圧をかけると周囲の筋繊維も痛めてしまいます。鍼は最小限のダメージで、かつ直接深層筋にアプローチできる唯一の治療法です。ここでは深刺のテクニックが有効です。鍼を使った深層筋へのアプローチができるようになれば、臨床の幅が広がることは間違いないです。
三本の神経のシンクロ現象がカギ
さて次は固有背筋を中心に末梢神経の支配分布を見ていき、それが患者の愁訴とどうつながっていくか考えてみたいと思います。
この章は、寝落ち必至ですが😪、できるだけ分かり易く書きました。神経系の解剖は、難しそうですが、理解してしまえば、簡単です。そして大変重要です。理解できるまで何度でも読み返してください。
まずは三本の神経のシンクロ現象から説明します。
ここで言う三本の神経とは🤔、
① 脊髄神経の前枝
② 脊髄神経の後枝
③ 自律神経枝(交感神経)
のことです。同じ椎間孔から出る三本の神経枝は、元は一つの神経根から分枝したものです。したがって、各神経の興奮度は同調します。
脊髄神経とは脊髄から出る末梢神経のことで、遠心性の運動神経と求心性の感覚神経があります。骨格筋や皮膚の支配神経なのでこれを体性神経といいます。別名、動物神経ともいいます。それに対して内臓や腺、血管などを支配している抹消神経を自律神経といいます。別名、植物神経です。自律神経には、交感神経と副交感神経があり、交感神経の成分は胸髄と腰髄から、副交感神経の 成分は脳と仙髄からとそれぞれ出ています。これを交感神経の胸腰局在、副交感神経の頭仙局在といいます。
つまり、同調する三本の神経枝の自律神経とは、体幹の胸髄と腰髄からでる交感神経のことです。交感神経と脊髄神経とは白交通枝と灰白交通枝とで連絡しています。だから、体性感覚や骨格筋の運動と関連が深いのは交感神経系といえます。
一般的に脊髄神経と自律神経(交感神経)の関係性は、体性内臓反射、内臓体性反射として知られる理論があります。体性内臓反射、内臓体性反射は、体性神経(脊髄神経)と自律神経(交感神経)が脊髄反射を介して、互いに同調する反応を説明した理論です。そのシンクロ現象は、同じ神経根から分枝する脊髄神経の前枝、後枝にもあてはめることは可能だと思います。そうすれば、鍼灸臨床にもっとマッチングしたものとなります。
まとめると、同じ椎間孔から出る三本の神経枝は、元は一本の神経根で、そこから分枝しそれぞれの支配領域へ分布しています。つまり三本の神経枝の一本が興奮すると、同じ起源の他の二本の神経枝も脊髄での反射を介して興奮がシンクロします。それぞれの神経枝の支配領域は、以下の通りです。
三本の神経枝の支配領域
脊髄神経前枝 | ①頚神経叢②腕神経叢③腰神経叢④仙骨神経叢を構成し、頭頚部、上肢、上肢帯、下肢、下肢帯に分布。体幹部では神経叢を構成せず肋間神経として体幹部に分節性に分布。 |
脊髄神経後枝 | 固有背筋(後頭下筋、板状筋、脊柱起立筋、横突棘筋)に分布。 |
交感神経枝 | 主に内臓、腺、、血管、皮膚に分布。 |
シンプルに考えましょう!体幹筋の固有背筋は脊髄神経後枝支配、四肢の筋肉は脊髄神経前枝支配、はい、以上です。(四肢の筋肉の方は、残念ながら、いろいろ筋肉別に神経の名前がついていますが、脊髄神経前枝にラベリングしているだけのことです。)そして脊髄神経に随行して皮膚(立毛筋)、汗腺、毛細血管など全身に分布する自律神経は交感神経です。ここでは副交感神経は登場しませんよ。
さて、3本の神経枝、いずれの神経の興奮がシンクロの震源となるのでしょうか?答えは、当然いずれも震源となります。しかし、私たちの臨床では、腰痛、肩こりなどを背景に身体の不調を訴えてくるケースが多いのは確かです。
まとめると、固有背筋の構造的疲労を背景に脊髄神経後枝の興奮が起こると、その興奮が脊髄神経前枝へ伝わり、上肢帯〜上肢や下肢帯〜下肢の領域に、それと同時に、自律神経枝(交感神経)にもシンクロし、内臓の領域に不具合、不調等が発生します。そうして、患者の愁訴全体が表現されていると考えてください。もちろんそれが全ての患者に当てはまることはないですが、鍼灸の臨床ではかなりの確率でカバーできると思います。またこのようにシンプルな診立て(ものさし)を利用することで、診断の思考を整理しやすくなると思います。
それでは、各神経枝の興奮により、どのような症状が現れるか具体例を考えてみましょう。
固有背筋(脊髄神経後枝)が原因となる例
①頚部のコリ(固有背筋/脊髄神経後枝)を背景に、それが頚神経叢(脊髄神経前枝)に波及した場合は、その支配領域から緊張性頭痛や咽喉部の違和感が現れます。交感神経枝に波及した場合、上頚神経節、中頚神経節(欠損個体も多い)、星状神経節に影響し、上眼瞼の下垂と眼球陥没(ホルネル症候群)などの症状が現れることがあります。
勉強になりますね〜。試験勉強ではホルネル症候群なんて憶えましたよね。でもそれは勉強のための勉強。もうすっかり忘却の彼方です。でも臨床ではね「なんだか上のまぶたが下がってくるんです。」とか「疲れると目が落ち込んでくるんです。」なんて訴えが稀にあるんです。頚部の交感神経機能障害だったんですね。これを理解していれば、じゃあ頚部を治療しましょうって分かるんです。知らないと目の周りに鍼したりして、全然的外れな治療になってしまうんですよ。
②肩コリ(固有背筋/脊髄神経後枝)を背景に、それが腕神経叢(脊髄神経前枝)に波及した場合は、頚肩腕症候として肩や腕の怠さ、痛み、痺れ等が現れます。交感神経枝に波及した場合は、心肺系に不調が現れます。
③背中のコリ(固有背筋/脊髄神経後枝)を背景に、それが肋間神経(脊髄神経前枝)に波及した場合は、肋間神経痛が現れます。交感神経枝に波及した場合は、腹腔内臓器に不調が現れます。
④腰痛(固有背筋/脊髄神経後枝)を背景に、それが腰神経叢や仙骨神経叢に波及した場合は、下肢の怠さ、痛み、痺れ等が現れます。交感神経枝に波及した場合は骨盤内臓器に不調が現れます。
脊髄神経前枝が原因となる例
脊髄神経前枝由来であれば、上肢や下肢の故障、損傷が前枝を興奮させ、それが後枝へ波及し、上肢の問題なら肩が凝ってくる。下肢なら腰に緊張が出てくる等が考えられます。同様に交感神経枝の支配臓器にも影響が出ます。
余談ですが、私は合気道をします。ある日、受け身を取り損なって前胸部の肋骨を強打しました。肋間神経領域(脊髄神経前枝)ですね。幸い肋骨に損傷はなかったものの、打ち身の局所は酷く痛みました。その内背中もこってきて(脊髄神経後枝)、お腹の中にも何やら違和感(自律神経枝)が生じました。
身をもって、あーなるほどなぁと三本の枝のシンクロニシティを実感した次第でした。
交感神経枝が原因となる例
次に自律神経枝(交感神経)由来なら、内臓の不調や病気を背景に、自律神経枝が興奮し、それが体表(皮膚)や体壁(筋肉)に表現される、いわゆる内臓体性反射です。
内臓体性反射と体制内臓反射について少し整理しておきましょう。
★ 内臓体性反射とは、内臓の不調(内臓感覚神経/求心性)⇒ 脊髄で反射 ⇒ 筋肉の緊張(運動神経/遠心性):触診や望診に応用できる理論です。
皮膚や筋肉に現れるサインの領域から、該当する内臓を推測できます。ただし、それが内臓反射なのかは、いろいろ情報収集した上で総合的に判断します。いまは健康診断や病院での診察も受けている患者がほとんどです。内科疾患の要素があれば、問診をとれば、おおよその察しがつきます。
★ 体性内臓反射とは、筋肉の緊張(感覚神経/求心性)⇒ 脊髄で反射 ⇒ 内臓の不調(交感神経/遠心性):治療に応用できる理論です。
体表(皮膚)や体壁(筋肉)に鍼灸刺激をすることで、脊髄反射を介して該当する臓器へ作用を及ぼすことが可能です。
だから、患者の肩こりや腰痛が、内臓の反射からくる場合も、単なる筋疲労でも、体幹部における治療は結局変わりません。内臓が悪いからと言って内臓に鍼を打つ訳ではなく、それを背景に出てくる反応点を治療すればいいのです。そのための背部兪穴です。ただし、上下肢においては、臓腑別に経絡を選択するので配穴が変わります。そのための腑分けですね。
前病段階の未病を見極めるというのは東洋医学の醍醐味です。中医の弁証や経絡の証も否定はしません。しかし、「あなたの肩こりや腰痛は、実は内臓に問題があるんですよ。」ってなんでもかんでもそっちへ誘導していないでしょうか。東洋医学的な本治法も結構ですが、運動器疾患については、標治法にあたる局所治療が、むしろ本治法です。運動器疾患については、罹患筋をターゲットにちゃんと鍼も打てる鍼灸師になってください。
鍼灸治療は、腰痛、肩こり、神経痛、関節痛などの痛みの疾患に効くというのが、国内での一般的な認識です。
平成28年の国民生活基礎調査によると、健康に関する悩みは男女共に腰痛と肩こりが1位と2位を占め、さらに厚労省の調査では腰痛に悩む日本人は2800万人も存在するそうです。
鍼灸治療は非常に汎用性の高い優れた治療法である事は確かです。正直、私はなんでも屋さんだと思っています。しかし、まずは一番需要の高い、腰痛、肩こりをしっかり捌ける鍼灸師を目指してください。そうすれば、自ずと評判を聞きつけていろいろな患者さんが集まってきます。そうして、臨床の幅も広がり、実力もついていきます。そうしないと一人前の鍼灸師として食っていけませんよ。
体幹のポジションが自律神経のスイッチ
前の章では、3本の神経枝のシンクロ現象をご説明しましたが、ここから固有背筋のポジションによって、自律神経系の優位性が決まることが分かります。
固有背筋は抗重力筋であり立位、座位になると自動的に緊張します。同時に支配神経の脊髄神経後枝の興奮が起こり、それが交感神経枝に波及し、交感神経系の活動が高まる仕組みです。逆に臥位の非重力ポジションでは固有背筋の緊張が解け、交感神経の活動が弱まり、相対的に副交感神経の活動が高まる仕組みです。
身近な例ですと夜間就寝中に喘息発作が起きると座位にします。(風邪の咳も同様です。床に入ると咳が出ます。)喘息はアレルギー疾患で副交感神経系が亢進すると発作が出ます。だから座位にして、起坐呼吸をさせると、交感神経が優位になり発作がおさまるのです。また、寝たきりの人に対しても、日中はなるべくマットレスとを起こして座位にするだけでも交感神経系を賦活できます。つまり立・座位⇄臥位という体幹のポジショによって交感神経の活動状況が変化し、それによって交感神経系と副交感神経系の優位性がスイッチングしているのです。
現代人のほとんどが交感神経優位の体調に陥り疲弊していると言われています。
私たちの暮らしは、交感神経の刺激に溢れています。その最たるものは光です。日が暮れて暗くなってからも、明るい照明の下で活動するのは、本来の自然界の中ではあり得ません。灯火の時代の人々の暮らしは、おそらくもっと穏やかだった事でしょう。更にテレビ、ゲーム、PC、スマホなどは光源を覗いているのと同じです。積極的に網膜に光を入れているのだから、脳はギンギンで、交感神経系も日中の活動モードのままです。これが一般的な現代人のライフスタイルなのです。
鍼灸院にはさまざまな病気の人が来院します。肩こりや腰痛はもちろんですが、それ以外の病態の患者さんも固有背筋の状態はどうでしょうか?臥位になっても固有背筋の緊張が解けず、ガチガチの状態のままがほとんどです。おそらく常に交感神経の活動過多の状態が続いているので、緊張が上手く解除できない体調に陥っているのです。これでは交感神経も緊張しっぱなしで、副交感神経系が十分に活動できず身体は疲弊していくばかりです。
つまり固有背筋の緊張、イコール交感神経の緊張です。
夾脊刺鍼は、固有背筋の緊張を処理し、その支配神経の脊髄神経後枝の興奮を解くことで、交感神経の緊張も解放しようというのが重要な目的です。夾脊刺鍼が単純に肩や背中、腰の症状を処理するだけの鍼ではなく、自律神経系(交感神経系)への重要な作用がある事を理解し運用してください。十分に理論を理解した上で治療するのとしないのとでは、同じ事をしていても、治療の応用力や再現性に大きな差が生じます。
夾脊刺鍼
夾脊刺鍼のやり方についてご説明します。
華佗夾脊穴は胸椎12椎、腰椎5椎の棘突起両傍に幅5分に取穴しますが、私が実際に行なっている取穴は、頚椎も含めもう少し外側で幅およそ1寸程度です。
横突棘筋(多裂筋、半棘筋、回旋筋)がターゲットです。固有背筋の中で比較するなら、脊柱起立筋は、アウター/モビリティ/ロングスパンの筋で脊柱の動作筋にあたります。その下にある横突棘筋が、インナー/スタビリティ/ショートスパンの緊張筋だからです。
• 固有背筋が脊柱を支持する体幹筋です。
• 固有背筋の疲労が、肩こり、背中のはり、腰痛の根源的な原因です。
• 固有背筋の緊張と交感神経系の緊張は同調する。
使用する鍼は寸6が標準的ですが、筋肉や脂肪のボリュームにより適宜選択します。オーバーサイズの鍼を用いないで、刺入後、少し鍼体が余る(5ミリ~1センチ)程度のジャストサイズの鍼を選択してください。そうすれば万が一胸郭内に鍼が侵入しようとしても鍼柄で止まるので安全です。番手については患者の病態、ドーゼに合わせて選択します。
夾脊刺鍼の必須は、必ず鍼先を椎骨に当てて止めることです。 体表に対し直刺より僅かに内方の脊柱に向けて打ちます。脊柱の棘突起上に中指を置いて、第2指、第3指、第4指の指3本の幅に鍼先が収まるように刺入すれば、脊柱の椎骨の幅とほぼ一致します。そうすれば、椎弓に鍼先が当たり胸郭内に鍼が侵入することはありません。それさえ徹底すれば肩背部でも安全に深刺できます。
特に胸郭部の夾脊に鍼を並べる場合は、一本毎に棘突起を触知して幅ぎめをしてから刺鍼してください。そうしないと側弯など脊柱の配列に歪みがある場合もあるので危険です。
筋肉や脂肪のボリュームで椎骨までの深度は個人差があります。標準的な体格の成人男子であれば寸6がほとんど入る場合もあります。難しい技術ではないですが、ほとんどの鍼灸師は肩背部に深刺したり、骨に当てるという経験がないので、慣れるまではかなり神経を使う操作になります。鍼先が骨に当たると、陶器を鍼でつつくようなコツコツとした手応えがあるので、それを目標にしてください。ただし経験の浅い人は、最初その感覚もつかみづらいようです。骨に確実に鍼先が当り停止しているという自信が無いかぎり絶対に置鍼しないでください。中途半端な事をすると気胸の事故を起こします。
最初は慎重に慎重を期して、絶対に無理をしないでください。実技の習得には時間と経験が不可欠です。繰り返し繰り返しやる中で、少しずつ上手になっていけばいいのであって、焦りは絶対に禁物です。