こんにちは。二天堂鍼灸院の中野です。
こちらの記事は、鍼灸師向けの専門的内容ですが、該当する症状で鍼灸治療をご検討の方にも一読をおすすめします。
また主催する「ほのしん講座」の受講生や当方の術式に興味のある先生は参考にしてください。
筋肉ケアのポイント
罹患筋の選定
まず私が罹患筋の選定に使っている主な指標は以下のは三つの項目です。
★ アウターか?インナーか?(表層筋 or 深層筋)
★ モビリティかスタビリティか?(稼働・運動 or 固定・安定)
★ ロングスパンかショートスパンか?(起始−停止の距離が長い or 短い)
その三つを指標において、インナーでスタビリティでショートスパンの筋を罹患筋として最重要ターゲットと考えています。
筋肉にはダイナミックな関節運動を受け持つモビリティの筋肉とその関節運動を安定させているスタビリティの筋肉があります。身体の表層に付いてるアウターの筋肉は起始と停止が長いロングスパンの筋肉です。支点と力点が離れているのでテコの作用が大きくダイナミックな関節運動を行なうのに適しています。比べて関節モーメントの直近にあるインナーマッスルは起始と停止が短いショートスパンの筋肉です。支点と力点が近接しているためテコの作用は小さいですがモーメントの直近で関節の安定性を高めています。
アウターでロングスパンの筋肉は、伸縮性やポンピング作用に富み、新陳代謝の高い筋肉です。また、モビリティの運動筋は活動時以外は緊張しません。したがって、疲労の蓄積が少ない筋肉です。
比べてインナーでショートスパンの筋肉は、伸縮性が乏しく、関節を安定させる役割で絶えず緊張しています。言わば縁の下の力持ちで、疲労が蓄積されやすい筋肉なのです。また深層筋が硬結化すると、局在性から観ても、神経根部や神経走行部での機械的刺激要因となりやすい傾向にあります。したがって慢性化した痛みや怠さなどの自覚症状については、インナーでの解剖学的トラップの形成の可能性が考えられます。
他にも、アウターとインナーを比較したときに、次のような性質と処方箋が考えられます。
★ アウターは、白筋/速筋/無酸素運動の性質の筋肉で、運動不足で弱体化しボリュームダウンしやすい傾向があります。したがってアウターマッスルについては、筋トレが重要な処方箋となります。
★ インナーは、赤筋/遅筋/有酸素運動の性質の筋肉で、スタビリティの役割をし、絶えず緊張を強いられ、硬結化し短縮しやすい傾向があります。したがってインナーマッスルについては、ストレッチが重要な処方箋となります。
とは言えインナーマッスルはストレッチの難しい筋肉です。アウターマッスルは、筋肉のついている場所もわかりやすく、伸縮性に富むので、目標とする筋肉に対してストレッチ感を十分に感じとれます。それに対し、深部の筋肉は、局在もわかりづらく、伸縮性の乏しい筋肉なので、ストレッチ感が得にくいのです。だからインナーマッスルをストレッチする場合は、より意識的に筋肉のつき方やストレッチ感をよくイメージして行う必要があります。
またマッサージなどの徒手療法もアウターには十分有効ですが、腰部の大腰筋など深層部のインナーには殆ど無効です。徒手で無理に強圧をかけると周囲の筋繊維も痛めてしまいます。鍼は最小限のダメージで、かつ直接深層筋にアプローチできる唯一の治療法です。鍼で深層筋へのアプローチができるようになれば、臨床の幅が広がることは間違いないです。
筋肉の受傷のタイミング
続いて筋肉の受傷のタイミングについて考察します。
一般的に筋肉の作用は、短縮性収縮のコンセントリック運動として捉えられています。解剖学書の筋肉の機能にもそう記述されています。だから私たちも筋肉の作用を問われると反射的に短縮性収縮をイメージします。例えば、上腕二頭筋なら肘の屈曲、大腿四頭筋なら膝の伸展、脊柱起立筋なら脊柱の伸展などです。これは間違いではないですが、筋肉の受傷のタイミングで考えると正解ではありません。筋肉にとってもっとも負荷の高い運動は、伸張性収縮のエキセントリック運動だからです。引き伸ばされながら力を発揮するエキセントリック運動では、顕微鏡的レベルで筋繊維の断裂が起こり筋肉痛が発生します。それとは逆に、コンセントリック運動では筋肉は短縮しながら力を発揮するので筋肉痛は発生しません。つまり、筋肉の作用方向と力のベクトルが一致するかしないかでダメージの有無が決まります。
受傷した筋肉では動作時(緊張時)に痛みが出ます。ここで私たちは、一般的な筋肉の運動、コンセントリック運動(短縮性収縮)を考えてしまいがちですが、考えるべきはエキセントリック運動(伸張性収縮)です。
例えば固有背筋の腰痛では脊柱の伸展、屈曲どちらの動作でも痛みが出ます。しかし、負荷が最も高いのはエキセントリック運動の前屈の方です。したがって患者の主訴は前屈時の腰痛になります。単純に筋肉の作用方向だけで判断してしまうと、固有背筋は脊柱の伸展つまり後屈になるので前屈時の腰痛については当てはまりません。もしかすると腰で屈曲方向に短縮するのは大腰筋なので、大腰筋性の腰痛と診断してしまうかもしれません。しかし、前屈は体幹を重力方向に落下させるだけなので、大腰筋に緊張は生じません。ちなみに大腰筋は大腿を屈曲する下肢の筋肉です。したがって、大腰筋の腰痛は、大腿部の屈曲や伸展をともなう、座位⇔立位の動作時(緊張時)に発生します。
このように筋肉の受傷のタイミングや最大負荷の運動を考えると、エキセントリック運動(伸張性収縮)が重要なポイントになります。
徒手でのアプローチ
マッサージの施術で、こんな経験はありませんか?体幹の背中から腰にかけて指圧をすると、グッと反発するように緊張が出て硬くなってしまう人。
こんな時に、力対力で強く押しても、まず緊張は緩みません。むしろ逆効果です。
なぜなら、このような場所は刺激に対する感度が上昇しているからです。強圧をかけて刺激すればするほど硬くなってしまいます。
ではどうすればいいのでしょう?
筋肉モデルで説明します。
ここにビニル袋に詰めた粘土が二つあります。それぞれを扁平にして重ね合わせます。
これが筋肉の重層モデルです。袋が筋膜、粘土が筋肉です。
さて、筋肉のこりを揉みほぐそうとするとき、中身の粘土にアプローチしていたんじゃないでしょうか?
硬い粘土を柔らかくしようと一所懸命こねていたのでは?
ここで意識改革をしてください。硬い粘土をこねて柔らかくしようという考えは捨ててください。
最初にアプローチするのは筋膜(ファシア)です。
重なりあった筋肉は、互いに別の動きをします。肩甲間部の僧帽筋と菱形筋をモデルに考えてみましょう。
本来、僧帽筋と菱形筋は起始・停止が異なり、それぞれ別の運動をします。菱形筋の上を僧帽筋が滑って移動するイメージです。
これを滑走性と言います。正常に筋膜が機能していれば、それぞれの筋肉の滑走はスムーズです。しかし、筋膜に癒着が生じたり、滑走性に問題があると、互いの筋肉の動きに制限を与えてしまいます。
重なった袋の密着面にオイルを塗布したモデルと、粘性の高い糊を塗布したモデルで滑走性の比較をしてください。結果は言うまでもありません。
機能障害を起こした僧帽筋−菱形筋モデルでは、十分な滑走性が損なわれ肩甲骨の動きに制限がでます。
さらに筋肉を支配する神経線維は組織を覆う膜構造のところ緻密に分布しています。筋膜の滑走性が悪いストレス部位では、神経の興奮度が上昇し、刺激に対する感度も上がっていると推測できます。これが先述した緊張の正体です。
そう考えると、私たちがまずやらなければならないのは、筋膜の機能を正常化するようにリリースすることです。
筋膜の滑走性が悪い⇒ストレス部位が成立⇒神経興奮レベルが上昇⇒筋緊張が発生⇒筋肉の代謝不全⇒筋肉の硬結化 というストーリーです。
リリースの方法は、意識改革だけです。なぜなら按摩にも指圧にも筋膜リリースのテクニックは折り込み済みだからです。
按摩や指圧の上手な人は、私がここでとやかく言わなくても、すでに自然に体得されていると思います。
粘土ではなく袋、つまり筋肉ではなく筋膜を意識して、按摩や指圧を行えばいいのです。
按摩の拇指揉捏については、捉えたスジをよく動かしてください。だから強い圧は必要ありません。
指圧の拇指圧迫については、基本は垂直圧ですが、リリースの場合は圧をずらしてください。すこし斜め方向に圧を入れて筋膜を伸ばすイメージです。
要は筋膜の滑走性を上げるイメージで手技を行えばいいのです。
まとめ
そうして、筋膜リリースを行った後に、筋肉をリリースします。
刺激に対する感度が下がり、筋緊張が解除され、筋肉にアプローチしやすくなります。そこで初めて中身の粘土をこねるんです。
体幹部の指圧についても、筋膜リリースを行った後では、抵抗性が無くなり、指が入りやすくなります。
結局、①筋膜リリース⇒②筋肉リリースの二段階方式で行えばいいのです。
私は鍼治療と徒手療法の組み合わせは、静的治療と動的治療のコラボレーションだと考えています。
鍼で筋肉の緊張レベルを下げたあとに、徒手で筋肉を動かしてやると実際よくほぐれます。
鍼治療のあとに後揉法として少し取り入れるだけでも十分に効果を発揮できます。